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上海地下鉄2号線の終点へ【安風俗・立ちんぼ・置屋】

かつて長い間、上海地下鉄2号線の西の終点は中山公園でした。現在の2号線は、そこからさらに西に延伸し、かつては地の果てだと思っていた虹橋空港をも通り越して、さらに一駅先まで続いています。

西の終点駅「徐涇東」から路線バスに15分ほど乗車すると、江蘇省との境界に位置する青浦区に到達します。その少し手前、閔行区と青浦区の境界付近に位置する小さな街、諸翟鎮には、わりと有名なローカル風俗エリアがあります。今回は、ここを訪問してみました。
形式としては、立ちんぼ、プラス、置屋のスタイルです。

徐涇東駅のバスターミナルから917番の路線バスに乗り、鉄道のアンダーバスをくぐった先のバス停「諸翟」(北翟路紀翟路)で下車します。
バスを降りたら中国農業銀行の右側の道路「北翟支路」を進みます。この付近は閔行区ですが、500mほど行くと青浦区になります。

zhudizhen01.jpg

この看板が閔行区と青浦区の区境です。置屋が目的地なら、ここまで行ってしまうと行き過ぎです。

区境付近の道路わきに広大な露店のスーパーマーケットがありました。

zhudizhen02.jpg

野菜だけではなく、肉や魚などの生鮮食品を露店で販売しています。
温度管理のない露店で魚や肉を売って大丈夫なのか、と心配になりますが、中国では食物は徹底的に加熱してから食べるので、一応大丈夫みたいです。

またそもそも、この手の露店スーパーでは、小型の生き物は、生きたまま販売されることが少なくありません。魚は水を張った深いトレイのなかで生きています。生きていれば露店でも腐りません。鶏も、かごの中で生きています。

十数年前の上海なら、都心のど真ん中でも、こういう露店スーパーマーケットが各所にありました。
東京でたとえるなら銀座や青山のようなオシャレな都心の街でも、大通りから一本裏に入ると、朝市が立っていました。早朝から数百メートルにわたって道路が閉鎖され、自転車でリヤカーを引いてやってきた出店者が、路面にシートを敷いて食品を並べます。
客は元気な鶏を買い、大きな厚手の布袋に詰めて持ち帰ります。自宅で絞めて料理するのだと思われます。魚は水槽からビニール袋に移して持ち帰ります。

あの頃の上海は、超高層ビルと、露天生鮮スーパーが隣り合う混沌とした街でした。
そして、混沌とした街のなか、性風俗産業も街の随所に目立つ店舗を構えていました。今のような豪華でおしゃれな内装のサウナは少なかったですが、そのかわり、店の奥の小部屋で5分でささっと済ませるインスタント風俗が、街のどこにでもありました。

今回の目的地である諸翟鎮の置屋街は、そういった十数年前の上海を彷彿とさせるインスタント安風俗街です。

諸翟鎮でバスを降りたら、中国農業銀行がある交差点(ここが街の中心です)から200mくらい先、「紫苑路」という地名表示の看板の前を右に曲ってください。紫苑路は普通の商店街ですが、その商店街の背後に、低層安普請の民家が並んでいます。そこが目指す風俗エリアです。

中国でよく見る団地タイプの集合住宅に挟まれた細い通路のそこここに、女の子が数人ずつのグループにわかれて立っています。全部で6グループくらい。年齢層は、20代が多いです。

zhudizhen03.jpg

女の子が全員道路に出ているので、勇気を出して店に入るまでもなく、路地をぶらぶら散歩するだけで本人を確認のうえ選べます。
僕は昼に一回、夜に一回行ったのですが、できれば明るいうちに行くことをお勧めします。団地内の通路の街灯は暗く、随所に立っている女の子らの顔は至近距離でもよく見えません。

今回お世話になったのは、浙江省温州出身の24歳の女の子。
料金はたしか、基本が150で、お口のサービスがプラス50だったと思います(記憶が定かでない)。
女の子が立っている通路に面した民家の部屋でことをいたします。シャワーはありません。制限時間が20分なので、時間的にも余裕がありません。

サウナに比べれば金額的には安いですが、設備やサービス、女の子の質、そして衛生面を考えると、コストパフォーマンスが高いとは言えません。

他地区の置屋と比較しても、料金的には合計200元なら数年前(壊滅前)の常平の置屋と変わりません。そして、レベルは常平よりはるかに落ちます。

総合的に見て、諸翟鎮は、おすすめの風俗街とは言えません。
でも、かつての上海の安風俗のスタイルを体験してみたい方は、一度くらいは覗きに行ってもよいかも。
繰り返しますが、行くなら女の子の顔が判別できる昼間をおすすめします。
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上海のあの置屋の街が、ついに取り締まりの対象に。

予告したとおり、年末に上海に行ってまいりました。
今の上海は、地下鉄が網の目のように走り、以前は「僻地」とみなされていた嘉定区や青浦区などの郊外にも高層マンションが立ち並び、もう僕が知っている上海ではないです。東京の数十年分を数年で突っ走った街ですね。

今回のご報告のひとつめは、北の聖地と呼ばれる置屋街「老三隊」の訪問記です。
地下鉄13号線の丰庄駅の目の前にあるこの置屋街は、上海で最大級の風俗街として知られてきました。
ここ数年は大幅に規模が小さくなりましたが、それでもわざわざ嘉定区まで出かけていく人が多かったのは、値段が安く、そして質が高かったからです。

こちらは、昨年撮影の現場写真。

shanghai-laosan.jpg

質に関しては、ひとことでいうと「若い」です。
いつ行っても、半数以上は10代です。
そして、かわいい。

今回も、上海に到着した当日の夜に、さっそく訪問してみました。
地下鉄の駅を出て、目の前の白壁にそって、集落の入り口ゲートを目指します。

しかし、どうも様子がおかしい。

集落入口前の路上に停車している車のルーフで、赤と青の光が、ちらちらしています。
運転席には若い警官が退屈そうに座っています。
そして、集落のゲートはロックされています。鍵を持っている住民しか、ゲートを通れないようです。

横の高架橋に上がり、塀越しに集落をのぞき込むと、置き屋が並んでいた一番手前の長屋は、扉がとざされ、電気もついていません。
うーん、これは・・・

入口の前をうろうろしていたら、バイクタクシーのオッサンが近寄ってきました。

「老三隊はとっくになくなったよ。130元でできる安全なところに連れて行ってやる」

「いつなくなったの?」

「1、2か月前」

そうかー、ついになくなったか。
地下鉄の開通がもたらした都市化の波が、中国の伝統的スタイルの置屋街を押し流したようです。
いまだに僕のようにふらふらやってくるバカモノが多いらしく、威嚇のために毎晩パトカーが常駐しているもようです。

あきらめて帰ろうと駅に向かって歩くと、バイクタクシーのオッサンがしつこく追ってきます。
「130元。安全だよ。」
ホテルに戻っても暇だし、ついて行ってみるか・・・

バイクタクシーの後ろに乗って、寒い街を走ります。
工場街を抜けて、3kmほど走ったでしょうか。
「こんなに遠いの」
「もうすぐだ」
何度目かの「もうすぐ」のあと、バイクは古い民家が立ち並ぶ路地に入りました。

路地の奥の雑貨店に連れていかれます。カップ麺や菓子類などが並ぶ棚の間をとおり、奥の扉を入ると、小部屋がありました。狭いベッドに女の子が2人座っています。2人とも、妙に生気がありません。埃っぽい、疲れた表情をしています。楽しく遊べる雰囲気ではありません。

ここはやめとこう。
断って、建物を出て、歩き始めると、バイクタクシーの運転手が、

ほかにはないぞ。ここしかない。

と言って引き止めます。

面倒くさくなったので、自分で探すからもういい、と言ってオッサンを帰らせようとしたら、別のところに連れて行くから後ろに乗れと言います。

お前さっき、ほかにはないと言ったじゃないか、と思いましたが、それじゃあ試しにと思って後ろに乗ると、200mほど離れた建物の前でとまって、ドアをノック。

中から出てきたのは、いつかテレビで見た阿佐ヶ谷姉妹の片方にそっくりの、眼鏡をかけた中年のおばさんです。女の子を管理しているオババと思われます。
ドアの向こうには小部屋が2つあり、小さなベッドが部屋いっぱいに置いてあります。

とりあえず女の子の顔だけでも見てみようと思って、部屋に入りました。
と、先ほどの阿佐ヶ谷姉妹が、小さなポーチをもって、いそいそと部屋に入ってきます。あれ女の子は?と思う間もなく、ベッドに上がれと指示されます。

おいおい・・・

ちなみに「阿佐ヶ谷姉妹」とはこの2人。左側の人にそっくりでした。
sh-asagaya.png

脱出するにあたっては、
「サービスするから」
と繰り返す阿佐ヶ谷姉妹との間でひと悶着ありました。なんとか鍵を開けてもらって外に出ると、バイクタクシーのおっさんが待っていました。
おまえ、いい加減にせーよ。

まだ何やら声をかけてくるバイクのオッサンを無視し、ひとり歩きだします。
しばらく歩けば、タクシーが拾える道にでるでしょう。

しかし、おっさんは、シツコクついてきます。

「自分で探すからもういい」
と言ったのですが、
「駅まで載せて戻ってやるから乗れ」
と言いながら、ずーとついてきます。

「帰りの金は払わんぞ」
「俺もどうせ戻るからタダでいい」

それならいいかと、またバイクの後ろに乗りました。
バイクは来た道を戻ります。冷たい風の中を、数キロ走ります。こんな遠くまで連れてきやがって・・・

と、まもなく地下鉄の駅というところで、なぜか右に曲がらず、左に曲がりました。

「まだあるの?」
「ある」

オマエ、ほんといい加減にせーよ。
こんな近くにあるんじゃないか!

バイクは、駅の近くの団地のなかで止まりました。もとの老三隊、つまり僕が最初にこのバイクタクシーに乗った場所から徒歩2分程度のところです。
結局、もとに戻ってきたわけです。

エレベーターのない団地の階段を上がり、2階のドアをノックすると、赤い服を着た中年女性が現れました。見覚えのあるおばちゃんです。そう、老三隊の置屋で女の子を管理していたおばちゃんです。
やっと着きました。ここがまさに僕の目的地です。

おい、バイクタクのオヤジ、テメー、ふざけんな。なんで最初からここに連れてこない!
と言いたいところ、面倒くさいのでそこは省略して、部屋に入ります。

5階建て、3LDKの普通の集合住宅です。
お向かいや上下の住人は、ごく普通の中流サラリーマン家庭と想像されます。そいういう普通の集合住宅に部屋を借りて、老三隊から引っ越してきたようです。
老三隊の廃墟ともスラムとも表現可能なボロ家に比べると、比較にならないほど快適な新居といえるでしょう。

外観イメージはこんな感じです。

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そして内装のイメージはこんな感じです。

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見てお分かりのとおり、普通の住宅です。

ひとつ言えることは、女の子たちにとっては、今回の引っ越しによって生活環境・労働環境は劇的に、革命的に、向上しました。老三隊の冷暖房もない、浴室もなく鍋に沸かしたお湯で体をぴちゃぴちゃ洗うだけ、そのうえ雨漏りもひどいであろうボロ小屋から、一気に文明生活に移行したわけです。ここなら、仕事が終わったあと、熱いシャワーをたっぷり使えます。夜は大きなベッドでゆったり眠れます。
この労働条件、生活条件の向上によって、女の子の質の向上がもたらされれば、まさに「災い転じて福となす」的な展開だと思います。

リビングのソファに座って、おばちゃんと話します。女の子は3名いて、全員18歳。部屋が3つあり、ちょうど全員仕事中とのこと。
しばらく待つと、先客の男性がひとり帰っていきました。あとから部屋を出てきた女の子は、僕の好みの芋っぽいタイプ。四川省の農村からやってきたそうです。

オババが部屋に行けと言いますが、一応、ほかの女の子も見てみたいです。
「全員見てから決める」
と言ったら、オババはポケットからスマホを取り出して、ほかの2人の女の子の写真を見せてくれました。

「この娘がいい」
「じゃあ、もう少し待ちな」

しばらく待っていると、新しい客がやってきました。僕と同様に、バイクタクシーのオッサンに連れられて入ってきます。
新しい客は、さっき仕事を終えたばかりの女の子を選んで、先に部屋に入りました。

客が部屋に入ったあと、オババが小さくたたんだ紙幣を、バイクタクシーのニイチャンに渡すのが見えました。畳んであったのでよくわかりませんが、おそらく20元札が一枚と、あともう一枚、10元札か20元札があったように見えました。
なるほど、そういう仕組みなっているわけですね。

ちなみに、この新しい置屋の料金は、
ただするだけ:150元
サービス付き:200元
です。

以前の老三隊は、
ただするだけ:100元
サービス付き:130元
でしたから、かなりの値上げです。

オババに言わせると、「しょうがないんだよ。老三隊とここは違うんだから。」

その言い分は、わからないことはありません。
老三隊の朽ちた平屋の家賃はタダみたいなもの。一方こちらは、地下鉄駅から徒歩3分の3LDKの鉄筋コンクリートの団地です。築年数は20年くらいでしょうか。不動産屋のウェブサイトで調べてみたら、月額家賃は5千元くらいです。
これだけの広さだと、光熱水費もバカにならないでしょう。

そのうえ、ここに移転したことを知らない客を連れてきてもらうには、バイクタクシーのオヤジに数十元のリベートが必要です。
いろいろ差し引きすると、オババの手に残る金額は、以前と大して変わらないのかもしれません。

10分ほど待ったあと、僕が指名した女の子があきました。
目がクリッとした、細身の女の子です。年齢は18歳。江西省の出身とのこと。

部屋に移動します。
普通の民家用の内装と家具なので、部屋はきれいです。ベッドもダブルベッドで、十分な大きさがあります。暖房が効いて、暖かいです。
中国の家屋は、外観はぱっとしなくても、内装はきれいにしてあることが多いです。この住戸も、そういう部屋でした。

帰り際に、オババの携帯電話番号を聞いておきました。
次はタクシーの運ちゃんに頼らずに行けそうです。

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これから行ってみようという方に、アドバイスです。

地下鉄「丰庄」駅の5番出口から地上にあがると、路上で十数台のバイクタクシーが客待ちしています。むこうから置屋に誘ってくる奴は無視してください。
とくに、老三隊の入り口付近にいる四角い顔のオヤジには要注意です。最初からだますつもりで声をかけてきます。

もしも「130元」だと言われたら、そのオヤジは、あなたをダマそうとしています。たぶん、僕が最初に連れていかれた場所に連れていかれます。おそらくそこの実際の値段は50元くらいで、差額の80元はバイクタクシーのオヤジの手に入ります。
130元と言ってくる理由は、移転前の老三隊の値段が130元だったからだと思われます。

普通にまじめに客待ちしているバイクタクシーに、
「老三隊の移転先に連れて行ってくれ」
と告げてください。

かつての老三隊は、地下鉄駅から徒歩3分程度の至近距離の団地に移転しています。同じ団地内に、老三隊にあったいくつかの店が引っ越しています。そこの現在の相場は「150元~200元」です。

駅からその団地の入口まで、バイクなら30秒で着きます。それ以上長く走行していたら、あなたは騙されています。たぶん、僕が最初に連れていかれたような場末のレベルの低い置屋に連れていかれます。
すぐに降りて、ほかのバイクタクシーを探してください。

ご健闘をお祈りします。

杭州の路上にて

杭州は風俗業界に対する規制は元来ゆるかったのですが、その杭州でも、昨今の風紀粛清の嵐に抗しきれず、多くの紅灯区が閉鎖されました。

閉鎖された紅灯区はその後どうなるのか。

日中も人通りの多い場所なら、まもなく新しいテナントが入り、普通の街として再出発します。

たとえば、徳勝路と東新路の交差点付近にあった置屋街。
ここは大規模な団地街のなかにあり、朝から晩まで人通りの多い地区でした。
道路にピンク色の光を投げかける置屋街はなかなかの壮観でしたが、今では小さな食堂や携帯電話屋や歯医者が並ぶ通りになりました。

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なお、「歯医者が入居した」と書くと、結構ちゃんとした建物を想像されるかも知れませんが、中国の歯医者は安普請の小屋のような建物で営業していることが珍しくありません。ここの元置屋の建物も、まさにそういった簡素な建造物です。

かつてこの通りは、ほぼ一年を通して風俗街として賑わっていました。
それがなぜ廃れてしまったかというと、上の写真をよく見ればその理由がわかります。真ん中のあたりに監視カメラが見えますね。拡大するとこんな感じ。

hanzhoudesheng.jpg

このカメラが実際に機能しているかわかりませんが、少なくとも警察の本気度を誇示する効果はあります。


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大関路と紹興路の交差点付近にも、かつて数十件の置屋がならぶ一角がありました。
ここは交通不便な場所なので、置屋が壊滅したあと新しいテナントが入居することもなく、寒々としたシャッター街になっています。

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このエリアにも警察が監視カメラを設置しており、こんな看板が立っています。

hangzhou2015-6.jpg

日本語にすると、
「あなたはすでに監視カメラの撮影範囲に入っています」
付近を管轄する派出所の名前も明記してあります。

中国の「派出所」というのは、日本の派出所(=交番)のような小さなものではなく、かなりの人員(数十人から100人以上)を擁する施設です。警察分署と市役所出張所の機能をあわせたような仕事をしています。したがって、その名前にはそれなりの威嚇力があります。

路地を入っていくと実際に監視カメラが通行人の目につく位置にこれ見よがしに設置してありました。
本当にケーブルに繋がっているのか、はたまたダミーなのか、外見からはわかりませんが、とりあえずそんなものがあるところで置屋の営業はできないでしょう。

**

さて、以上は昼の姿。

大関路の旧置屋街は夜になってもシャッター街のままですが、人通りが多い徳勝路付近の旧置屋街は、深夜になると違う姿を見せます。

やっぱり無くならないもんですね。

夜11時過ぎ、多くの店舗が閉店して道が暗くなり、歩く人の顔の判別が難しくなったころに行ってみると・・・おばばに連れられた若い女の子が道端に並んでいます。
3人のおばばがそれぞれ5,6人の女の子を連れていました。杭州の繁華街を歩いている女の子となんら変わらない素人風です。年齢は20前後と思われます。
監視カメラからは死角の位置。小雨が降るなか、身体をすくめて立っています。

お値段は200元。近くの団地の一室が仕事部屋として確保されています。
さすがに路面店方式での営業はもう無理のようです。値段もかつての150元から50元のアップとなりました。

100メートルほど離れた路上に、携帯電話を持った若い男性が一人ぶらぶらしています。たぶん見張りでしょう。

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おばばのお勧めは18歳で172cmのモデル体型の娘でした。身長といい年齢といい、中国の風俗業界ではスター扱いされそうな娘ですが、当方は小柄なタヌキ顔が好きなのでこれは遠慮しました。

場所は杭州東駅から48路のバスに乗り、長木橋のバス停で降りたあたり。ただしこのバスは夜7時に終わってしまうので、実際に遊びに行くならタクシー利用になると思います。

なお、このご時世、身の安全は保障されません。私服警官とはち合わせれば一発でアウトです。くれぐれも自己責任で。


上海の置屋で10元まけてもらった話

たいした話じゃないですが。
かれこれ数百回も中国の置屋に通ってますが、初めて、お支払いをまけてもらうという体験をしました。

そもそも僕は風俗では値段交渉をせず、すべて相手の言い値です。これまで値切ったことは、1度だけ。地方都市のKTVで会計に文句を言ったら、お兄さんがぞろぞろ部屋に入ってきたものの、なんとか少し減額してもらったのが唯一の値段交渉でした。

今回は交渉したわけではなく、なぜか10元まけてもらいました。
場所は前回記事にした上海郊外の置屋。本来は130元。終わってから会計しようと思ったら、手持ちは百元札が数枚と、10元札が2枚と、あとは1元硬貨が数枚。
女の子にとりあえず120元わたして、あと10元札が1枚どこかにないかポケットを探っていたら、「これでいいよ」と言われた。
最初から最後まで愛想の良かった娘ですが、気前もいいんだね。
10元て、一食食べれる金額ですからね。

この娘は、四川省の出身で、19歳。
最初に「吹」をやってもらうとき、仰向けに寝た僕のお腹にポンと湯たんぽを乗っけてくれたのが、まず嬉しかった。
置屋に暖房なんてないので、彼女らは客待ちのあいだ湯たんぽ抱えて暖をとっている。彼女の湯たんぽをお腹に乗っけてくれたわけ。
にこにこして、「あったかい?」

この日の2戦目だった僕はなかなか準備が整わなかったのですが、急がされることもなく、逆に、「大丈夫、ゆっくりでいいんだから」と言ってくれたり。
いろいろ協力してくれて、なんとかコトがすみました。

いい娘だあと思っていたら、そのうえ10元おまけしてくれた。
ありがとね。

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ところで話は変わりますが、そういえば上海の置屋は時間制限てあるんでしょうか。
中国の50元~150元程度の置屋の場合、「20分」と言われることが多いですが、上海や杭州や珠海や常平の置屋で制限時間を付けられた記憶は、そういえば一度もないです。
中国の風俗業界は、一般的にいうと、田舎に行くほど世知辛く、都会ほどおおらかになる感じですね。

店のオババや女の子の態度にしても、都会の置屋ではソフトですが、田舎街の置屋は荒んでいます。湖南省某所の立ちんぼを管理していたオババなんて、つい先ほど人を殺めてきたようなキリキリした雰囲気だったし。

そういえば、常平の置屋の客引きオババは、人当たりのいい人が多かったですね。
いつだったか、中元街の歩道の端に座って通りを眺めているオババの前を通ったら、
「ちょっと座ってお話ししてかない?」
と言われ、隣りに座ってしばし雑談。
「夜にまた来るね」
「はーい、またね」
ほんとうに単に雑談のために呼び止めたらしい・・・
いつか常平の風俗が復活しても、あの平和な空気はもう復活しないだろうな。


上海の風俗を散策 (安風俗編)

上海の郊外、嘉定区の風俗を散策してきました。
風俗産業に対する昨年来の取り締まりの影響は上海にも及んでいて、街なかの安風俗はかなり潰されていますが、この郊外の置屋は普通に営業していました。

地下鉄の駅から地上にあがると、新しいマンションが並ぶ新興住宅地が広がっていました。その立派なマンション群から道路一本隔てたところに、コンクリートの塀で周囲をぐるりと囲まれた古い集落が残っています。
塀は高さ2mほどある本格的なもので、門は2か所のみ。そのうちの一つを通って集落に入ると、経済発展する前の上海にタイムスリップしたような光景が広がりました。

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住宅はモルタル塗りの簡素な造りで、「農民房」と呼ばれるタイプの住宅です。外壁は汚れています。老朽化し、打ち捨てられたような雰囲気です。集落全体の戸数は300戸くらいでしょうか。各住戸の前には生活用品が乱雑に放り出してあります。

この集落全体が風俗街というわけでは勿論ありません。
ほとんどの家屋は一般の住戸です。路地で子供が遊んでいます。自家消費用と思われる大きなニワトリが、放し飼いされ、路地を走り回っています。
一見すると地方からの出稼者が集まったスラムのようですが、住民同士が交わす言葉は上海語。つまり、住民はおおむね上海人のようです。

風俗街はこの集落の北側の端にまとまっています。十数件の民家が置屋として使われていて、扉の前に呼び込みのオバサンまたはオヤジが立っています。

この状況を見て思ったのですが、ここは多分いわゆる「城中村」です。「城中村」というのは「都市の中の農村」という意味の中国語です。

城中村について少し説明します。
中国では、都市と農村とでは土地の所有形態が違います。都市の土地は国有ですが、農村の土地は国有ではなく、その村の農民らが集団的に所有しています(集体所有制)。

ここ数十年来、中国の各都市では都市を拡大するために近郊農民が所有する土地を接収し、国有地への切り替えをおこなってきました。
田んぼや畑は比較的容易に接収が進みました。しかし、農民の家が建っている集落部分は、立ち退きが進まず、接収しきれない土地があちらこちらに残りました。

接収できなかった農民の集落が、上海、北京、深センなどの大都市には、たくさん残っています。国有地の中に、ぽつぽつと、斑点のように農民の土地が残っているのです。
このような土地を「都市の中の農村」、つまり「城中村」と呼びます。「城中村」では、国有地と違って、政府による土地利用計画の承認なしに建物が建てられてしまうため、居住環境は一般に劣悪であり、中国の社会問題の一つになっています。

中国の大都市にある風俗街・置屋街には、この「城中村」に立地しているものが少なくありません。
典型的なのは深センの向西村や沙嘴村。この2つの城中村は、深センという大都市の都心に位置しているため、農地を失った元農民らは住居を多層階のアパートに立て直し、賃貸住宅経営によって生計の途を確保することに成功しました。
やがて沙嘴村の元農民らはさらに高い賃料収入を求めて、物件をKTVや置屋などの風俗産業に貸し出すようになり、その結果、世界的に有名な売春村ができあがったわけです。

今回訪ねた上海の城中村は昔の農村の風情のままで、華やかさは全くありませんが、村内に十数件の置屋の設置を許容することで、集落としてなにがしかの利益を得ているのだろうと思います。

呼び込みの声に誘われるままに、置屋を何件かのぞいてみました。
春節を前にすでに帰郷した女の子も多く、一部はすでに臨時閉店中でした。それぞれの店に2~4人の女の子がいました。入り口を入ったすぐの部屋に待機しています。奥にはベッドを備えた小部屋が用意されています。シャワーなどの設備はありません。

年齢はおおむね若く、四川省や安徽省から来ている娘が多かったです。値段を尋ねると、100元が基本で、「吹」が入ると130元。
150元で「不戴套」がOKだという娘がいたので、「薬を飲んでいるの?」と尋ねたら、水で洗っているとのこと。

ところで、田舎の農村から大都市に来て風俗業に従事している女の子は、緊張した面持ちの娘が少なくないです。しかしここの女の子らは、ずいぶん自然体で、リラックスしているように見えます。
思うに、この風俗街が城中村にあることが、彼女らの緊張を少しでも緩和する効果があるのではないかと・・・
ここは上海とはいえ、都会のビルの中の置屋ではなく、見慣れた農村風の家が立ち並ぶなか、路地には鶏が走り回り、住民は十数年前まで現役で畑を耕していた農民たち。
そんなことが農家の娘である彼女らの心理の安定に寄与しているのかなぁ、などと想像してみました。

ベトネベートスカルプ
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