スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

中国の女子校について

まだこれやるのか、と思われそうですが・・・
中国の女子校の話です。

中国では中学と高校をあわせて「中学」と呼ぶ。
中国にも数は少ないながら女子生徒だけの女子中学(日本で言う「女子中+女子高」)がある。

中国の女子中学のなかでもひときわ名門なのは、上海にある「上海市第三女子中学」。地元の人は略して「市三女」と呼ぶ。ブランドショップが集中する南京西路の静安寺から地下鉄で1駅。旧フランス租界のはずれに位置する。100年以上の歴史があり、宋靄齢、宋慶齢、宋美麗の宋三姉妹は、この学校の出身。
これまでに何人か、卒業生にあったことがある。みな、本当によくできた娘さんでした。育ちの良さから来る屈託のなさ、というんでしょうか、可愛いやんちゃさ、のようなものがあって、いい意味での「お嬢さん」でした。

中国の女子校

中国の女学校の歴史は、清末にさかのぼる。
この時期に設立された女子校の多くは西洋人がかかわっている。1844年にイギリス人宣教師が寧波に創立した私塾が中国初の女学校。1877年には全国に82のミッション系女学校があった。

上に書いた市三女も、その前身となるミッションスクールは清末に創立された。1881年に米国キリスト教聖公会が設立した聖マリア女子中学と、1882年に米国キリスト教南方監理公会が設立した中西女子中学の2つの女学校が起源(同校ホームページより)。
ちなみに、1881年というと明治14年で、日清戦争の13年前。

西洋人ではなく中国人が創立した最初の女学校がどこか、については諸説ある。百度百科の記事によれば、1902年に上海に設立された「務本女塾」が最初の中国人による女学校。建学の趣旨は、「良妻賢母」の育成だった。

ちなみに、「良妻賢母」は中国語では「賢母良妻」と書く。会話でよく使う「賢恵」(xianhui)も似たようなニュアンスの言葉。中国人から、「どんなタイプの女性と結婚したいか」と尋ねられたとき、一番無難な答えがこの「賢恵」(xianhui)でしょう。つまりは、そういう伝統的・保守的な女子教育を本旨として設立された学校なわけ。

中華民国期にも、女子中、女子高、女子大学が数多く設立された。
民国末期には、北京の76の中学のうち、女子校は15(うち、公立5、ミッション系5、その他の私立5)を占めていたとのこと。

中華人民共和国建国後

しかし、社会主義の中華人民共和国の建国後、女子校をとりまく環境は一変する。

中華人民共和国の建国は1949年。それから数年の間に、ミッションスクールを含む全国の私立学校は接収されて公立学校になった。
意外なことに、公立化されても、この時点では女子校という形態は維持されていた。
社会主義国になったとはいえ、建国初期の中国には民国時代からの社会の仕組みがずいぶん残っていた。企業の国有化だって、建国後すぐに完了したわけではない。
この時点で女子校が存続していても、不思議ではないわけです。

しかし、建国から10年以上過ぎて、中国社会は迷走する。
1966年から10年間にわたった文化大革命の時期に、男女別学による良妻賢母的「女子教育」は誤った考え方であるとされ、すべての女子校は男女共学に改められた。
「婦女能頂半辺天」(天の半分は女性が支える)という毛沢東の考え方を原理主義的に適用すれば、そういうことになるんでしょうね。
広い中国に、ひとつの女子高も女子中もなくなった。

まあ、暗い時代だったわけですね。

最近の状況

1976年に文化大革命が終結。
経済が自由化され、教育分野でも多様性が認められるようになり、女子校も復活する。

最初に女子校に戻ったのは上に書いた上海市三女。1981年、つまり文革が終わって5年目のこと。
ちなみに、上海の第一中学、第二中学、第八中学、第十中学(たぶん他にもあります)なども、文革の間に男女共学になった元女子校ですが、これらは現在でも共学のまま。なぜ第三中学だけ女学校に戻されたのか、その理由は、やはり第三女子中学が突出して名門だったからでしょうか。

現時点では、全国に20程度の女子中学がある。全部で約14000校ある中学のうちの20校なので、かなり特殊な存在ということになる。
これらの女子中学の多くは、英語教育などに力を入れて特色ある教育を目指していて、また、遠方から生徒を受け入れるための寮が併設されている。
今後さらに中国が豊かになり、教育にお金をかける親が増えてくれば、こういう付加価値のある女子中高の創立が増えてくるかも知れない。というか、間違いなく増えるでしょうね。


このブログでよくとりあげている広東省には、民国時代には真光女子中学など歴史のあるミッション系女子中学もあったけれど、中華人民共和国建国後にすべて男女共学に改編された。
改革開放後にできた最初の女子中学は、1994年に広州市に設立された私立の瑪莎女子実験学校。 

そして、ついに珠海市にも私立の女子校ができるに至る。
2年ほど前、珠海の街角で偶然に見かけたこの看板。

珠海女子中

「珠海女子中学 9月開校 広東、香港、マカオから生徒募集 乞うご期待」とある。

猛烈に興味を引かれたので調べてみたところ、新しく創立される私立女子中学の広告でした。

あの「恒隆集団」の出資で、2011年9月に開校した、中高一貫の私立女子校。
学校の場所は、珠海市の迎賓北路と人民西路の交差点付近。

この女子中学の開校が発表されると、珠海の地元ニュースサイトなどで、「共学VS別学」論争が盛り上がった。いまでも、当時の記事がいくつが残っていて、読むことができる。
「共学VS別学」どちらがよいか、という論争は、おおむね半分半分の意見だったよう。要は個人の価値観の問題ですからね。

女子高といえば気になるのが制服。
珠海女子中学の制服は、こんな感じ。

tamaumizhoshichu.jpg


いいですね。

お嬢さん学校であることが制服からわかります。

校舎はこんな感じ。

1051024_m.jpg

奥の高い建物は、おそらく寮だと思います。
この学校は、全寮制です。
お姫様が塔に幽閉されていそうな、いかにもな女子寮です。

ちなみに、お嬢さん学校であることは、学費からもわかります。
学校のサイトに学費が掲載されていました。

http://nz.zhgirlschool.com/zhgs/list.asp?id=34

一学期の学費が20000元前後。
中三と高校は、補習費用が5000元~8000元。
全寮制なので、寮費や食費が一学期10000元程度。

中国の学校は二期制なので、年額ではこの倍になる。

合計すると、年額でおよそ60000元~80000元(90万円~120万円)の費用がかかることになる。

普通の公立高校の学費が、1学期2000~3000元程度なので、一桁ちがう。
まぎれもない、お嬢さん学校ですね。


この稿を書くにあたり参考にしたサイトの一部をあげておきます。
興味のあるかたは一読してみると面白いかも。

http://www.moe.edu.cn/publicfiles/business/htmlfiles/moe/s6200/list.html
http://www.ssnz.sh.cn/info?topType=15&typeId=63
http://nz.zhgirlschool.com/zhgs/list.asp?id=38
http://www.lw.gov.cn/lwzx_index/wszl/fcws1/201201/t20120113_146355.htm
http://www.cgedu.net/new/Index.asp


関連記事
ベトネベートスカルプ
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。